やいとの想い出掲示板



カテゴリ:[ 告白・裏話・体験談 ] キーワード: やいと お灸 しつけ


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[1262] Re: 忘れられない1日でした!

投稿者: やいとむすめ 投稿日:2018年 6月24日(日)21時05分21秒   通報   返信・引用 > No.1259[元記事へ]

ご婦人のちりげのやいと、読ませていただきました。
確かに今でも大阪にはそんな方がいらっしゃるのかと感心いたしました。
折角そんな貴重な体験をされている方にお会いになったのですから、お声を掛けて見られたら如何だったのでしょう。
後の書き込みで、どうやらまたお会いになる機会がありそうですから、是非お声を掛けられ昔のやいとのお話を聞かせていただかれたらいかがでしょうか。
お互いそこそこのお年ですから、お声を掛けても変に思われることは無いかと思います。
灸痕マニアさまが自己紹介をされれば、お受けになってくださると思うのですが。
おそらく、幼い頃から娘時代の貴重な想い出話を聞かせていただけると思いますよ。
うまく行けば、ちりげと命門の大きなやいとの痕を拝ませて貰えるかも知れません。
さらにひょっとしたら腰の殷の目、お尻の上の方のやいとの痕も可能性があるかも知れませんよ。
やいとの痕を人に見られるのは嫌でしたが、真底心を許せる人、灸痕マニアさんのように、こよなくやいとを愛しておられる方にでしたら、私は見ていただいても良いと思います。
どうでしょうか、ご提案申上げます。




[1261] 最高に美しいやいと痕のあるOL嬢に又お会いして!

投稿者: 灸痕マニア 投稿日:2018年 6月24日(日)09時31分15秒   通報   返信・引用

照代さま、私の書き込みを楽しみしてお読み頂き、とてもありがたく思っております。

先週金曜日の昼休みには、昨日と同じイタリア料理店に行ってみることにしました。ひょっとすると、ちりげに最高に美しいやいと痕がある昨日のOL嬢に又会えるかもしれないと、胸を膨らませて行ってみることにしました。すると、期待は的中し、又お会いすることができたのです。こんなこともあるのだなと思いながら、彼女の服装を確認したのですが、残念なことに、背肌は殆ど見えないドレスに変わっておりました。ドレスの色も白から黒に、ネックレス、指輪共に、変っておりました。予想以上に大変おしゃれな方であり、着こなし等にもかなり気を払っておられる方であることがわかりました。昨日彼女は、どちらかというと地味な方で、余り派手を好まない方に感じ取れたのですが、意外にも大変おしゃれで現代風なOL嬢でして、誰しも、背中(ちりげ)にはこんなにも見事なやいとの痕が刻まれた方であるとは、想像できない方だったのです。ただお友達とおしゃべりされている時の面持ちや語気等から、ある程度彼女の性格、気質がわかりました。子供の頃は、結構強情で親にも結構口答えし、思うようにならなかったら癇癪を起すことも多く、手に追えないところが多々あったのではないかと思います。しかし、彼女のお母さんは子供の躾けには大変厳しい方で、「今の内にちりげに熱い熱いやいとを据えて、私と同じように、背中に大きなやいとの痕を付けといてやらんと、この子は大きくなって不幸になる。」という子供のことを案ずる母心から、やいとの日々は始まったのだと思います。彼女の子供の頃は既に殆どの家庭で、痕の残るやいとは据えなくなっておりましたが、こんなこと全く気にしない彼女のお母さんは、とても熱くて痕がしっかり残る昔ながらのやいとで、彼女を厳しく躾けられたのだと思います。いつも子供のやいとはちりげと命門の2箇所にセットに据えるものと考えていた彼女のお母さんは、自分自身が子供の頃に嫌ほど据えられたやいとで、この方も同じように、厳しい躾けられたのだと思います。この2箇所に真ん丸く固く丸めた火持ちの良い伊吹もぐさを置き、ジリジリとやいとの火で彼女の肌を焼き、真ん丸く縁取りされ、真ん中が大きく凹んだいやいとの痕を刻まれたのだと思います。厳しいやいとで躾けられること15年間、高校を卒業するまで、彼女へのやいとによる厳しい躾けは続きます。小学校の高学年ぐらいからは、お尻にも新たなやいとを皮切りされ、高校に入ってからは、会陰や膣周りにも皮切りされ、辛い辛いやいとの日々を彼女はご経験されていると思います。しかし、やいとのお陰で、彼女の性根はすっかり良くなり、おしゃれ好きな可愛い女の子にお育ちになったのだと思います。時々お風呂上りには、自分の背中から腰・お尻にくっきり残ったやいとの痕を鏡に映して眺められながら、辛かった幼少時代の日々を懐かしく回想されることも多いのでないかと思います。

また、イタリア料理店に昼休みに行くと彼女にお会いできると思うと、胸が躍る思いです。
また、彼女に関して綴らせて頂きます。照代さま、やいとむすめさま、楽しみにしていてくださいネ!



[1260] Re: 忘れられない1日でした!

投稿者: 照代 投稿日:2018年 6月23日(土)22時53分33秒   通報   返信・引用

灸痕マニアさま本当に良き一日でしたね。
最近では見ることもできません素晴らしいやいとの痕を見られることができ、大変な気持ちの昂ぶりと昔懐かしい思いをなさったことでしょう。
まさに眼の保養になりましたね。
お書きになっておりますように、ちりげだけでなく命門、腰やお行儀やいとのお尻やお膣周り、会陰にも据えられておられるのではなかろうか、という点につきましては、できることなら私もそうであってほしいなと思っております。
長きに亘って、ちりげのやいとの痕を数多く見て来られた灸痕マニアさまが、大きな縁取り、特別に深いへこみ、こんなのは初めてと書かれておりました。
ということはこの方のお母さまは特別に娘さんに熱い熱い思いのお仕置きをしてあげよう、との事だったと思います。
となれば当然ちりげだけでなく命門にもセットで大きなやいとの痕が有ることは間違いないと思われます。
更に大きくなられても据え続けられていたと見えることから、そうとなれば大人の女性のしつけ、お行儀やいととしてもっと熱い所にも据えられた可能性は強いと思います。
私は昭和20年、姉は18年生まれですが、大阪の下町では昭和25年くらいまでに生まれた方は殆どの方がやいとを経験され、高校生になっても20%位の方はやいとを卒業させて貰えず据え続けられていたように思います。
その内のある程度の方は、大人の女性としてのやいとがあったと思われます。
あ膣周りあるいは会陰、その両方に据えられたことのある方はそれなりにおられました。
ただ、昭和30年頃以降の子供たちは明らかにやいとの比率が大きく減少して来たように思います。
この方はどうだったのでしょうね。
Q太さんがここの掲示板にアップされためぐみさんのお仕置きですが、あのめぐみさんは現在50歳過ぎではないかと思います。
関東の方で大変な厳しいやいとを据えられておられましたが、今回の女性もめぐみさんのことを考えれば、可能性は充分あるのではないかと思っています。
  



[1259] 忘れられない1日でした!

投稿者: 灸痕マニア 投稿日:2018年 6月21日(木)23時52分14秒   通報   返信・引用

私は、大阪市内のオフィス街の一角で今も働いているのですが、お昼休みになったので一人で昼食に出かけました。ある人気のあるイタリア料理店の入口で順番を待つ2人のOL社員の後ろを通り過ぎようとした時です。1人の女性が肩辺りの肌が見える服装でしたので、一瞬ですが、背骨の真上辺りに凹みがあるのに目が留まったのです。歩くのを止めて、その女性の真後ろに立って、この女性の背肌を観せてもらうことにしました。私は、幸いにも身長が180㎝ぐらいあるため、少しドレスで隠れた背肌まで、観せてもらうことができました。この女性の年齢は50歳代前半ぐらい(ひょっとすると40歳代後半ぐらい)だと思いますが、とてもおしゃべりが好きなようで、もう一人の女性と終始にこやかな面持ちで話し込んでおられました。中々の気品を感じさせ、顔立ちもよく、とても魅力的な女性に感じ取れました。こんな美しい女性にやいとの痕があるはずがないと思いながら、覗き込ませてもらいました。そして、最初、私は自分の目を疑いましたが、この女性の背肌(肩甲骨を挟んで背骨の真上)には、やいと特有の形と色をしたちりげやいとの痕があったのです。凹みの深さと縁取りの鮮明さが凄いもので、やいと痕の美しさには大変な感動を覚えました。私も、ちりげに大きな痕のある女性は今までにも何回も見たことがありますが、こんなにも痕の中心が深く窪み、形が崩れることなく真ん丸く縁取りされ、とても美しいやいと痕を見るたのは、初めてでした。余りにも美しいこの女性のやいと痕を見つめながら、この女性の育った家庭を色々と想像でき、大変興奮しました。この女性の場合、子供の躾けに大変厳格な母親に育てられた方だと思います。やいとで躾ける家庭が少なくなってくる中で、この女性は昔ながらの子供のお仕置き灸であるちりげやいとを幼少時代から高校を卒業するぐらいまで据えられ、数えきれないぐらいの回数だったと思います。少なくとも年に4~5回程度は据えられたと思いますが、据える都度皮切りの辛さと熱さを我慢してのやいとであったと思います。やいと痕の上に艾を乗せ、更に皮切りする訳ですので、皮切りの都度、やいとの痕の中心が大きく凹んでいったのだと思います。この方にはおばあさんがおられ、お母さんと2人かかってのやいとだったと思います。お母さんがこの方のシャツを脱がせ、馬乗りになって、肩甲骨の両側をしっかり押さえ付けた上で、おばあさんがこの方の身柱(ちりげ)のやいと痕の上に火持ちの良い低級艾を固く丸めて置き、厳しい躾け、お仕置き、行儀のやいとをされたのだと思います。この方は、高校生になっても、とても恥かしい痕の残るやいとを背肌に据えられながら、「どうして私はこんなに熱いやいとをいつも据えられるの?ちりげの真っ黒い痕をまた友達に見られ、恥ずかしいは!」と、大粒の涙を流しながら、泣き叫ばれたと思います。ちりげだけでもこれだけ見事な痕が残っている方ですので、痕がちりげだけと言うことは先ずないと思います。腰の命門にも凹みを帯び、白くピカピカ光る鮮明なやいと痕は、間違いなくあると思います。また、行儀のやいと痕がお尻辺りにいくつかと会陰、膣周りにあっても決して不思議ではないと思います。本日は、最高に深堀のちりげやいとの痕を、美しい女性の背肌に観ることができ、灸痕マニアにとって、忘れられない1日となると思います。やいと環境で育った方が激減する世相を憂いていましただけに、まだ希望と光を感じた気がします。本日の余韻はまだまだ残っているありますので、また書き込ませて頂きます。やいとむすめさま、照代さま、如何だったでしょうか?また、楽しみにしていてくださいネ!



[1258] Re: 吉田さんの娘さん

投稿者: やいとむすめ 投稿日:2018年 6月17日(日)21時42分41秒   通報   返信・引用 > No.1257[元記事へ]

愛読者さま、吉田さんの娘さんのお話読ませていただきました。
吉田さんは亡くなられたんですね、残念ですね、お悔やみいたします。
昔の懐かしい、娘へのやいとのお仕置き、しつけを蘇らせていただきました、ありがとうございます。
それにいたしましても、お姉さまは昔からのお付き合いを今でも大事に続けておられるのですね、義理堅い昔気質の素晴らしい女性であると感心いたしました。
以前にあの当時の銀行勤めがどんなにか優秀な方であるかを母から聞いたことを書かせていただきましたが、まさに時が経っても変わられないことがよく分かりました。
吉田さんといえば、本屋の娘さん、先輩がお嫁に行かれる準備で、銀行の旅行に行かれず、代わりに吉田さんが相部屋になられたのでしたね。
その吉田さんも娘時代は厳しくやいとで躾けられ、未亡人となられてからも、ご自分の娘さんには厳しい躾けをなさってこられたんですね。
娘さんの尾てい骨から腰にかけて縦の3個のやいと、それも500円硬貨くらいの大きさどんなにか辛い大変な思いをなさったことかと思います。
高校3年生まで据えられたとのことですが、私もその頃を思い出し大変懐かしく心が躍りました。
大阪育ちの私は、嫁に行くまでずっと近くのお風呂屋さんに行っておりました。
あの当時は、殆どの方にやいとの痕がありました。
腰、お尻の方が一番多く、中には(特に年配の女性)背中に何段も据えている方、ちりげに痕のある方もおられました。
しかし吉田さんのように腰から尾てい骨にかけて縦の大きなやいとは一度も見たことはありません。
おそらく、そちらの方では、そういった方も数多くおられたのでしょうね。
昔は娘の身体の為、しつけの為にどこのお家でもやいとを据えたものですが、後になってその良さが段々分かってくるように思います。



[1257] 吉田さんの娘さん

投稿者: 愛読者 投稿日:2018年 6月15日(金)14時54分56秒   通報   返信・引用

5月下旬、帰省しました。この度は妻同伴でしたので出雲の姉宅2泊、宮島、広島の各1泊の4泊5日でした。

やいとむすめさん、姉に吉田さんの近況を聞いたところ、7年前ご高齢のため逝去され、現在では娘さんと交友があり年に2~3回は行ったり来たりしているということでした。
姉が5月の連休の直後、娘さんに本屋の和子さんのこともあり吉田さんに報告がてらお墓参りに行くと言いますと、ご一緒しますという事で出雲市のお寺にある吉田さんのお墓参りをしたそうです。
その日は、2人で玉造温泉で久しぶりにゆっくり湯につかり、おいしものを食べ少しアルコールも頂き、昔話で話が弾んだそうです。
娘さんはアルバム帳を持ってきておられ、若かりし頃、皆で海や大山そして出雲大社へ行った写真があり当時の事を思い出し非常に懐かしかったと言っていました。
特に封筒の中に入っていた写真4枚と便箋を見た時は涙が出たと言ってました。便箋には将来が不安であった当時の心情と同室になり同じような境遇であった姉のことが書かれており、姉と話しどれだけ勇気づけられたかが細かく書かれていたということでした。
それを読んだ姉は、当時の事をはっきり思い出し娘さんに吉田さんの悩んでおられた心情を詳しく話すと娘さんは涙を流し頷きながら聞いておられたそうです。
そして、一緒にお風呂に入った時、吉田さんが姉の腰からお尻にかけての5個の大きなやいとの痕を見て、部屋に帰った時、丸くて大きくて堀が深くて魅力的なやいとの痕ですねと言われたことを話すと、娘さんは先程お風呂場で姉の大きなやいとの痕を見て同じように思いましたということでした。
娘さんが言われるには「母が銀行へ再入行するまでは、お仕置やいとは身柱、命門、その下の左右1個ずつの
4個だってけど、その後は回数も増え、新しく尾てい骨の上から腰に向かって縦に3個据えられるようになった」というこでした。そして縦の3個はおばあさんがなくなる高校3年の春まで、お仕置、行儀で年に4~5回は据えられ1か所に最低10壮は据えられたという事でした。
そして又、吉田さんがうつ伏せになり10個のやいとの痕を見せてくれたことを話すと、娘さんは少し考え、「私のやいとの痕も見られますか」と言い、布団の上にうつ伏せになられたということでした。
姉が浴衣を下にずらすと身柱、命門、その下左右にお仕置やいとの痕があり、いずれも10円玉位の大きさで
あったという事でした。
更に下着を足の方までずらすと、色の白い肌に500円玉位の大きさで堀の深いやいとの痕がお尻の割れ目の上から腰に向かって縦に3個並んでいたそうです。
姉は中指で3個のやいとの痕を触り、「この3個は自分と同じで大きくて丸く堀が深いね」と言うと娘さんは
「その3個は母が勤めるようになってからお仕置やいとの時は必ず10壮は据えられ、大泣きをし、あやまっても母が馬乗りになり、おばあさんが押さえつけ艾を大きくして据えられた」と当時を思い出し懐かしく言われたそうです。
そして娘さんは「自分には2人の娘がいますけど2人にはお仕置やいとを小学校を卒業するまで自分が据えられたお仕置やいとと同じように尾てい骨から腰に向かっての縦3個はよく据えました」と言われたそうです。
又、娘さんは還暦を越えられたけど大変元気で現在、現役で訪問介護の仕事をなさっており若く50代前半に見えたというこでした。それでは、又。



[1256] Re: 幼い頃の想い出(悦子ちゃんの灸痕)

投稿者: 灸痕マニア 投稿日:2018年 6月12日(火)23時31分46秒   通報   返信・引用

照代さまも元気でお過しのようで、何よりに思います。私は、この歳になっても、やいとがとても盛んだった幼少時代のことを回想しながら、やいとの虜になるのを楽しんでおります。当時のお母さん達は、ほんとうに子供によくやいとを据えたものです。子供が生まれると、遅くても3歳の誕生日までには、やいと屋さんに連れて行き、ちりげと命門の2箇所に、やいとの痕を付けてもらいました。この2箇所は、子供を健やかに育てるための特効のツボと母親達は信じておりました。当時のやいとは、もぐさを背中や腰に直に置き、もぐさの火で肌を焼くために、子供達にとっては、耐え難い苦痛(熱さ、痛さ)が伴うものでありました。そのため、大半の子供達は、やいとは大変に怖いもの、嫌なものと思っておりました。したがって、子供達は、もぐさと線香をもった母親に気が付くや、大きな泣き声を上げながら、許しを乞うたものです。母親は、子供を丈夫に育てたいという思いからやいとの準備を始めていたのですが、子供を厳しく躾けるのにも役に立つことに気付き、子供にとっては辛い辛いやいとの日々が始まるのでした。三つ子の魂百までもと言うことわざがありますが、当時の子供達の殆どが、小学校に入るまでにしっかりやいとで躾けられ、ちりげと命門には焼印でも押されたような真ん丸い痕が鮮明に刻まれておりました。小学校でも低学年までは、男女一緒に裸になり、発育測定がありましたが、男、女関係なく、この2箇所に大きなやいとの痕がある子が多かったです。今でも、あの頃に観た、特に女の子の大きなやいとの痕ははっきり想い出され、今でも興奮を覚えることがよくあります。



[1255] Re: 幼い頃の想い出: 悦子ちゃんの灸痕

投稿者: やいとむすめ 投稿日:2018年 6月12日(火)22時51分39秒   通報   返信・引用 > No.1253[元記事へ]

灸痕マニアさま、お気遣いありがとうございます、お陰さまで元気にいたしております。
今回は久し振りに、この掲示板に相応しい想い出深いものを読ませていただき嬉しく思いました。
最近は見ただけで気持ちが悪くなるような変な掲示が多くなり、読むものを選別するのに苦労いたします。
前に書かれた灸痕マニアさまや照代さん、「愛読者」さまのものを何度も読み返している次第です。

今回は悦子さんという方のお話でしたが、私が高校を出てお勤めをした時、同じお名前の悦子さんという方がおられました。
昭和41年ころのことでございますから、もう50年以上前でございます。
悦子さんは2年下で女子高校を卒業して同じ会社の事務職で入社されました。
幼い顔つきでやさしい穏やかな方で、しかしお身体はぽっちゃりとして大きな胸をされ、色も白く男性陣からはとても人気がありました。
私は工場の現場の事務所でしたので、本事務所の悦子さんとはお話をする機会もありませんでした。
ある日1時間ほど残業し、最寄りの駅まで歩いておりますと、後ろから急ぎ足で悦子さんが来られて、駅の改札でご一緒になりました。
ふたりとも梅田(大阪)終点まで乗り、あと別の路線に乗り換えるのですが、短い時間初めて言葉を交わしたのです。

悦子さんは私の顔を存じておられたようで会釈しながらこんばんはといわれ、少し苦笑いをされながらこんなことを言われました。
きょうは早く帰らんとあき(いけ)ません、ここ二日ほど寄り道したりでお母さんからきつく注意を受けているとか、きょう遅くなったら間違いなくやいとを据えられます、と。
お母さんはやさしい穏やかな方ですが、しつけには厳しく特に女性の生活態度、門限にはうるさく言われていたそうで、お婆さまと二人でお仕置きにやいとを据えられたそうです。
腰やお尻の大きなやいとは大変つらくきょうはそれを避けるべく必ず早く帰ろうということだったようです。
そこで私は、そんなん普通やろ、わたしもやいと据えられるよ、姉も成人式までやいと据えられてたよ、と答えましたら悦子さんはにこっと微笑まれ、そうでしたのと言われました。
悦子さんは腰とお尻やろ、私はそれが終わったらここにも据えられるよ、と言ってスカートの上から前の方を押さえました。
お行儀やいとなんや。悦子さんはえっといった顔をされ驚かれたようでした。
丁度電車が梅田に着いたため、そこで会話は終わりました。
その後、悦子さんとまたお話しする機会に恵まれましたが,それは又にいたします。



[1254] Re: 幼い頃の想い出: 悦子ちゃんの灸痕

投稿者: 照代 投稿日:2018年 6月12日(火)10時20分2秒   通報   返信・引用 > No.1253[元記事へ]

灸痕マニアさま、悦子さまのお話ありがとうございます。
お元気になさっているようで安心いたしました。
やはり昔のしつけ、お仕置きのやいとはいいですね、読ませていただいて何とも言えない気持ちになりました。自分の娘時代の想い出、また書かせていただきたいと思います。



[1253] 幼い頃の想い出: 悦子ちゃんの灸痕

投稿者: 灸痕マニア 投稿日:2018年 6月12日(火)00時08分4秒   通報   返信・引用

やいとむすめさま、照代さま、お変わりなく、お元気でお過しでしょうか? 久し振りに書き込ませて頂きます。

私の幼少時代は、ほんとうにやいとが盛んで、子育てにはやいとは不可欠なものと当時の親達は考えていたように思います。当時の若い奥さん方は殆どが子供の頃、やいとを据えられ育ったようで、ちりげに大きなやいとの痕がある奥さん方をよく見かけたものでした。幼少時代に自らがやいとで厳しく躾けられながら育った奥さんは、やはり自分の子供にもやいとで厳しく育てる方が多かったようです。

近所に子供の頃によく一緒に遊んだ可愛い女の子がいましたが、お母さんから、しょっちゅう背中にやいとを据えられていたようで、ちりげに真っ黒い瘡蓋ができているのをよく見かけました。「悦子ちゃん、やいと熱かった?」と問いかけると、「うん熱かった、やいとは嫌、うちのお母ちゃんはいつも私にやいと据えるの!」「僕もだよ、ちりげのやいとは本間に熱いネ! 僕は、時々腰にもやいとすえられるヨ、腰のやいとは熱くて、熱くて、・・・」「私も、腰にも据えられたこと有るわヨ! 腰のやいとも大嫌いヨ!」と悦子ちゃんは悲しそうな顔つきで、やいとの話をしてくれました。夏でしたので、悦子ちゃんのシャツをちょっと捲ってみると、瘡蓋はすっかり取れておりましたが、悦子ちゃんの命門には白く凹みを帯びた、大きなやいとの痕がくっきり残っており、凄く興奮致しました。悦子ちゃんのお母さんは、とても美しく、器量よしの奥さんでしたが、夏シミーズ姿になられることが多かったため、しばしば、白く凹みを帯びた、素晴らしく美しいやいとの痕が鮮明に残っているのを見かけることがありました。このお母さんも子育てにはとても厳しい方であったようです。


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