北辛夷と白百合



カテゴリ:[ 趣味 ]


590件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[728] 散り椿

投稿者: 投稿日:2018年10月16日(火)19時30分21秒 125-31-86-198.ppp.bbiq.jp  通報   返信・引用   編集済

私もその映画は見たいなあと思っていました。私はあまり映画を見ないのですがこれだけはどなたかを誘って行きたい映画でした。小説も読んだと思います。主人公に恋しましたから。
本当に花びらが散る椿があるんですね。知りませんでした。きれいでしょうね。私も来春の寒い頃、散り椿を見に行きたいです。見れたら報告します。

北さんほどの読書家であれば、葉室麟さんが逝かれた時の衝撃は大きかったと思います。おこがましいなんてとんでもない。
日曜日に幼稚園の運動会も終りました。札幌はもう寒いですか。こちらも少しずつ秋が深くなってきました。

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[727] 映画「散り椿」を観ました

投稿者: 投稿日:2018年10月15日(月)11時33分46秒 i60-34-23-249.s42.a001.ap.plala.or.jp  通報   返信・引用   編集済

葉室麟原作の映画「散り椿」を観ました。彼が得意とする武士の矜持を描き、人の潔さとは何かを考えさせるものでした。御存知かもしれませんが、葉室麟は我々とほぼ同年代で、福岡出身、西南大学を出たのち、地元の夕刊紙の記者をした後(地元の夕刊紙というので、きっとフクニチ新聞なのかなと思います。)50代で作家としてデビューし、直木賞を受賞し、同じく下級武士を描いた藤沢周平の後を継ぐ作家でした
 秋月藩をモデルにしたと思われる時代小説を多数上梓し、僕はその作品の多くを楽しんでいました。彼の死亡記事を見た時には、おこがましいのですが長年の友を失ったようでがっくりしました。
劇中「散り椿」の特徴である花弁が一枚一枚散るシーンは、そもそも無かったのか気づきませんでしたが、京都には椿寺と呼ばれる寺があり、そこの散り椿が有名だそうです。一度訪れたいものと考えています。



[726] 山葡萄

投稿者: 投稿日:2018年10月 1日(月)09時00分51秒 i114-183-41-103.s42.a001.ap.plala.or.jp  通報   返信・引用   編集済

奥日光、楽しめてよかったですね。昨日の朝の散歩の際、山葡萄を摘みました。洗って干して、ブランデーに氷砂糖を少し加え、半年ほど寝かせます。食前酒として、とてもおいしいものが出来上がります。アルコールはそれほど強くありませんが、こればかりは自分の手を加えたものということで楽しんでいます。同じ散歩道にはビー玉ほどの大きさのドングリがたくさん実っています。貧乏性の僕は、これも何とか活用できないものかと考えながら眺めています。この雨と風で北国の秋は一層深まります。



[725] 9月の終わりに 2

投稿者: 投稿日:2018年 9月29日(土)11時45分17秒 125-31-86-198.ppp.bbiq.jp  通報   返信・引用

今年の9月も明日で終わりです。暑い暑いと言っていたらストンと涼しくなりました。なんだか淋しいです。
つい一週間前に奥日光に行ってきました。最後に行ったのは学生のとき。母と一緒でした。修学旅行でも行ったはずですが記憶が無くて・・・・。年のせいなのか記憶力が単に弱いせいなのか。奥日光は雨。でもしっとりとした風景がきれいでした。戦場ヶ原のハイキングは雨で諦めましたが、少しだけ森の中を歩いてみました。もう木々は紅葉の準備をしているようで、きっと今頃はあの森は黄色く色づいているだろうと想像を膨らましています。

私も輝くような黄色い銀杏並木を見たことがあります。急に思い出してメモを見たらもう5年も前でした。
もう初冬の札幌なのですね。風邪など召されませんように、お元気でいてください。

関東の掲示板を読みました。私にはハードルの高い目標もありましたが、北さんには達成できそうですね。

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[724] 9月の終わりに

投稿者: 投稿日:2018年 9月28日(金)08時55分16秒 i114-183-41-103.s42.a001.ap.plala.or.jp  通報   返信・引用

9月も終わりますね。薄いコートが、散歩のとき手袋が欲しい、そして庭のブドウの実も実る、北国の気配は早や初冬です。数年前に観た神宮の銀杏並木の青空と黄色一杯の情景を思い出します。季節の変わり目お体に気をつけください。



[723] 予兆?

投稿者: 投稿日:2018年 9月10日(月)09時58分58秒 125-31-86-198.ppp.bbiq.jp  通報   返信・引用

北さんの予兆の記事を昨日、私はほんと真剣に、ほんと緊張しながら読みました。けれど半分を読み終えた頃から、えっと思って、えーっと思って、もうーと思いました。北さんの西風に吹かれてしまったことに気がつくのが遅かった・・・・私としたことが不覚でした。今度は私の番です、上手に西風を吹かすから用心しててくださいね。
今度の地震では、心配をするだけで何のお役にも立てなくてすみません。お電話も郵便もきっとご迷惑と思い控えていますが、何か私にできることがあれば、どうぞ教えてください。
なにかとご不便な毎日でしょうが、お体にお気をつけて風邪など召されませんように。

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[722] 余震と予兆

投稿者: 投稿日:2018年 9月 9日(日)09時33分40秒 i114-183-41-103.s42.a001.ap.plala.or.jp  通報   返信・引用   編集済

余震が続いています。余震については、関東掲示板に書きましたので読んでください。ここではその予兆について書きます。ハワイに出かけたことは先に書きましたが、嫁の実家のほうで用意してくれたホテルは、メゾネット式の3ベッドで、長男家族と私ども夫婦がゆったりと休めるものでした。私どものベッドはアメリカンサイズのダブルベッドでしたが、初日、夜中に震度2ないし3の揺れに何回か眼をさまし、翌朝そのことをカミさんに言っても気が付かなかったということでした。時差惚けもあってよほど熟睡していたのだと思っていました。しかし次の夜もまた同じような揺れで目を覚ますので、これは如何なものかと思い、少し起きてることにしました。するとその内、震源が明らかになりました。なんと震源はカミさんの寝返りによるものだということが判明しました。多くの人の寝返りは体をベッドに横たえたままそろりと行うのだと思うのですが、カミさんのそれは、寝返りするたび腰を浮かして行うことで腰や上半身により打ち付けられたベッドが相当弾む結果だということがわかりました。無意識のうちの動作ですし、カミさんとしてもすぐにどうこうなるものではないのですが、この先毎晩続くようではと思い、ソフトに話題にしましたが、私の表現もつい大袈裟になり、やはり不機嫌になりました。その後揺れも弱く、回数も少し減りましたが、ハワイ滞在中続きました。そのようなこともあって、今回の大揺れの始まりのころは、一瞬まだハワイにいるのかなと思った次第です。



[721] ハワイに行ってきました

投稿者: 投稿日:2018年 9月 3日(月)08時37分20秒 i220-221-52-182.s42.a001.ap.plala.or.jp  通報   返信・引用

二男の2年遅れの結婚式でハワイに行ってきました。若いときにはよく出かけていましたが、10年ぶりのハワイでした。孫も誕生してからの式で、二男もけじめと思い出とを考えてのことでしょう。孫たちと8日ほど一緒でしたのでさすがに疲れました。ナナカマドが色づき始めました。こちらの秋はすでに始まりました。そちらは天気予報ではまだ暑い日が続きそうですね。お体に気を付けてください。



[720] 学んだことそしてこれから学ぶこと

投稿者: 投稿日:2018年 8月20日(月)10時56分7秒 i114-182-78-130.s42.a001.ap.plala.or.jp  通報   返信・引用

札幌8月としては寒いと感じる日が続いていましたが、今日は25度を超える時間帯もありそうです。
 南さんは本当に御両親思いですよね。そして他人に対しても凄く優しいお人柄だと思います。御両親のお育て方が髣髴できます。
 何を学んできたのか。僕自身もそう思います。だからこそ不断に本を読み、そして考えるようにしています。本を読み、理解できる限りはこの先もそれを継続したいと考えています。しかし楽しいことももっともっと元気で経験したいと思います。南さんもなお、力を抜いて自然体で生きて行ってほしいと思います。



[719] 私が大学生だった頃5

投稿者: 投稿日:2018年 8月18日(土)10時24分20秒 58-3-70-199.ppp.bbiq.jp  通報   返信・引用

今日は3粒のコーヒー豆みたいに黒くなってしまった腕白兄弟がそろって遊びに来るということです。その前に、と思って書いています。
北さんのお母様への思いを読みながら、その重みをできるならほんの少しでも受け止めたいと思いました。私も親元を離れて大学生になった時、両親に心配をかけないことを第一に過ごしました。私なりに突飛なことはせず、特に特定の方とお付き合いをすることもなく、卒業したら故郷に帰るのは私としては当然のことでした。勿論、北さんの大変な葛藤を伴った決心とは雲泥の差があります。私の場合はそのことについて天秤にかける何者もなかったのですから。ただ、ああしろこうしろと生涯一度も私に言わなかった父の期待どおりの娘でいたかったのだと思います。
私も子を持つ母になりました。そして子供たちにたいして思うことは、あなたが生まれてきてくれたこと、それこそが母の幸せで他にはないのだと。お母さまも北さんは私の子、と幸せを噛みしめられて涙を流されたのだと思いました。そして、北さんのこれからを想って安堵されたのでしょうね。
私たちももう七十を過ぎ、こんな日が来るなんて想像もしなかったですね。この頃よく思い出します。父が幼い私を連れ、よく大野トラジロウさんという、今思えばとってつけたような名前の患者さんの往診に行っていました。お家は芳雄橋の下にあり、おじいさんが一人お布団に寝てらっしゃいました。父は私がきっとなにかを学ぶだろうと思っていたことだろうと思います。七十になった今、本当に何かを学んだろうかと考えます。

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